(バンカーヒルに突入した)安則盛三とは、私が本家、彼は分家。
家は筋向かいで小学校は一年生のとき一緒に通いました。
本家は事情で神戸に移り、彼とはその後会っていませんが、彼の兄とは戦後、法要で2回会いました。
彼の最後を知りました。有難う御座います。
ハート出版:読者の声:新着情報
安則盛三の最後を知ることができました(兵庫県 88歳 男性)
日・米両国どちらにも公正に書かれている(東京都 男性 81歳)
小学生のとき、グラマン戦闘機に銃撃されました(神奈川県 男性 77歳)
昭和20年8月、小生は当時小学生でした。宮城県古川市に疎開している時、グラマン戦闘機に銃撃されました。危うく命を落とすところでした。今でもその時亡くなった人のことを思い出します。笑いながら飛び去った米パイロットを憎むより、戦争そのものを憎む毎日です。特攻隊で散華した人たちは必ずしも上官の命令だけで死地に赴いたとは断じて思いません。もう二度とあってはならないのです。
ゼロ戦の20ミリ機関砲の製造に尽力(奈良県 男性 81歳)
アメリカのケネディーの甥が国会図書館より調べだしたこと、それと日本の翻訳者に感謝します。小説「大空のサムライ」正・続編を45歳の時に通読し、何回も読み返しました。私は学徒動員で、愛知県碧海郡真田村大日本兵器へ、奈良師範予科1年生として、ゼロ戦の20ミリ機関砲の製造に尽力しました。その当時の心を忘れず、退転後は老人特殊ホームへ、ハーモニカ奏のボランティアを15年ほど、今では1人になり、月に4箇所に出掛けています。
こげんたちゃんを愛する人々の想いに胸打たれる一冊(福岡県 女性 38歳)
昔から知っていた事件でしたが、猫好きの自分は、詳しく知ることが怖くて避けていました。しかし、mimi様のホームページにたどりついて、勇気を出して事実を知り、読み、大変感動しました。何も出来ないと思いこむのではなく、一人ひとりが「何かしたい」と思わせられ、大きな結果を生み出した歩みを、この本で感じ、涙が止まらず、私も募金や署名、小さなことから始めるようになりました。mimiさんとスタッフのみな様、そして、こげんたちゃんを愛する人々の想いに胸打たれる一冊でした。すばらしかったです。


